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2004年4月

2004/04/30

湘南Vs大宮

初勝利

きのうは鱈腹酒飲んで家に帰った時にはA代表の試合は終わっていたし、楽しみにしていたバッジョの代表引退試合のイタリアとスペインの試合もTVの前でぎりぎりまで粘っていたけど酔いつぶれちまって観てないし(ビエリの同点ゴールは朦朧と憶えているけど)先行き不安な出だしだ。
ま、そんなことは置いといて湘南VS大宮戦である。俺にとって最も重要な事は長期離脱の12番の出番はあるのかということだった。1点リードの後半残り5分“ア・マ・ラ・オ!ア・マ・ラ・オ!”以前のチームと同じコールに乗って奴は姿を現した。仕事らしい仕事はできなかったけれど、それでも俺は満足した。ホームで今年初勝利なんだそうだ。

そうそう、東京はカシマスタジアムで初めて勝ったんだって?何も俺が行かなかった日に限って勝たなくても良さそうなもんだが、現地からのメルの幸せそうなこと。羨ましいぜ。おめでと。

【結論】丸亀以来久しぶりに“アマラオ”コールしたぜ。(強がってみた)

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2004/04/28

佐川急便東京SCとか

JFLって楽しい。嘘だと思うんならスタジアムに足を運んでみるがいい。選手の家族や親類縁者、そして少々のサッカー好きの場所。

スタジアムの様子がいい。ベンチの真裏に陣取って、監督よりも大きな声で選手に指示を出す人がいたりする。スタジアムの顔見知りとフェンス越しに楽しそうにおしゃべりながら試合後のクールダウンをやってる選手の顔もいい。子供の手を引いて一緒に控え室に帰っていく姿もいい。

のんびり日向ぼっこしながらボールを追ってると“立ち上がってみんなで歌おう!”なんてのが遠い世界でのことのように思えてくる、夢の島競技場。

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『エーコとサッカー』

ピーター・P・トリフォナス/富山多佳夫 訳/岩波書店

ウンベルト・エーコというイタリア人が、ある対象や概念が自分にはどういった具合に表象されるのかを『記号』というモデルを使って難しく述べたのが「記号論」というものらしい。『納豆』と聞けば、今朝食べた、ねばねばした大豆粒が頭に浮かんでくるだろうし、『ビール』と聞けば、“好き!”と喉が渇いてくるんだろうし、つまりはそんなとこだ、『記号論』てな。俺にはわからねいけどさ。で、そういう俺みたいなやつに向けて、『サッカー』という記号は現実には何を意味して、何を実現しているのかを、エーコが3本の論文に書いていて、それらをピーター・P・トリフォナスと一緒に読んでいくことで、ひょとしてこの良く解らない『記号論』が理解できてしまうかもしれない!がんばりましょうね、というのがこの本。

【結論】俺には無理。

今日のA代表のTV は途中で寝ちゃうんだろうな。

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2004/04/27

ダービー

 衝撃が駆けめぐっていた。アマラオの退団発表である。優勝の可能性がある以上、今は目前の敵を倒す事に集中しなければいけないはずである。余計なSentimentalismに浸っている時ではなかろう。試合の当日まではそう思っていた。でもやはりいつもと何かが違っていた。アウェイ側に行って相手を煽るのもそう。花火を打ち上げるのもそう。この日はアマがリーグ戦のホームスタジアムに立つ最後の日なのだ。“アマラオのためにタイトルを!”やはりこうなった。

“Funs! Your Tern. You'll Never Walk Alone.”
スタジアムの巨大ビジョンには、セピア色した、あの頃のアマラオが、みんなと一緒に笑っていた。知らぬ間に画面は、滲んで歪んでよく見えなくなっていた。
 星を落とした方が優勝戦線脱落という、東京ダービー史上一度も無かった状況で、主審岡田正義のキックオフの笛が鳴る。
 ヴェルディは、往年を彷彿とさせるショートパスの交換から中盤を支配したが、9番のコンディションの悪さが影響したのか、ゴールを決められずにいた。ゲームを支配されたまま、0-0で前半戦は終了する。
 後半戦の後半、このまま終われない原博実は、三浦文丈を外して阿部吉郎を投入し、攻め続ける意志をピッチに立つ東京の選手に伝えた。左サイドを突破したケリーの左足のクロスに飛び込んだのは、ある時期の不調を完全に脱したその阿部吉郎である。このまま試合を乗り切りたい原博実は、ラストゲームではなかったら、本来ならアマラオを外すべきだったはずだが、誰か(詳しいことは自分で調べる)に代えて浅利を投入する。しかしここから東京は、ロスタイムを支えきれず単純なミスから同点とされてしまった。
 スタジアムが怒号と悲鳴に包まれる中、こうしてアマの最後のホームゲームは幕を閉じた。そして俺たちの“アマラオのためにタイトルを!”という夢は夢のまま、永遠に手のとどかないものとなってしまった。

 『今ではキングという称号も、サポーターが親しみをもって呼んでくれている、彼らの敬意から生まれた言葉なのだと理解して、受け入れられるようになりました。ありがたいと思います。僕は東京のキングでも日本のキングでもありません。きっと、彼ら一人一人の心の中のキングなのだろうと、そう思っているのです 。』
ワグネル・ペレイラ・カルドーゾ

たとえこれが最後でも、俺は泣くもんかと思っていた。
後ろも前も右も左も泣いていた。気がつけば俺も泣いていた。
心の中の失う物の大きさに、気づいて俺は泣いていた。

SさんもGさんもIさんもIさんもYさんもKさんもOさんもSさんもM君もA君もK君も、まわりの知らない奴もみんなみんな泣いていた。

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湘南Vs鳥栖とか

2004年4月24日 
夢の島にオシムがいて、コーチらしき人と通訳を交えてなにやらごにょごにょ話してて、聞き耳立てたけれど、まわりがうるさくて良く聞き取れなかったのが残念で、試合が終わってちょうどそこにいたYさんを拉致って、湘南VS鳥栖を見に平塚競技場へ向かったんだ。

茅ヶ崎を過ぎる頃冷たい雨が落ちてきて、気温は6度とかいってるし、国立で応援している人からは笑われるし、これで負けたら明日何言われるかわかんねぇから、湘南を勝たせてくださいと神様にお祈りして、押してる時間に点取んねぇとやられるぜと話しているそばから、相手の前半2本目のシュートで先制されて、あんまり寒いんでビール飲んで跳ねてたら逆転したので、気持ちよくなってきたのでウーロンハイに切り替えて、初勝利はもらったぜと隣の知らない人と抱き合っていたのも束の間、勝ってるチームは急にバタバタし始めて、逆にロスタイムに決められて引き分けに持ち込まれ、帰りは道に迷って、結局平塚駅までタクった日。

翌日のアミノバイタルで、佐川とソニー仙台の会場に、例の神戸のユニ問題の署名集めていた人がいたので、少し話をしたら土曜日に湘南にいた人達と同じ人達でした。そう言えば22日には国立にもいたな。頭が下がります。

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2004/04/26

2003年8月5日

ガスサポ(いやFC東京を愛する人すべて)にとって、レアル・マドリードと戦った2003年8月5日という日は、生涯忘れ去ることのできぬ真夏の夜の夢の出来事であったろう。

このマッチメイクが発表された時のマスコミ様はといえば、概ね“ベッカッム様 マンセー!”“世界最高・最強軍団がやってくる!”などのキャッチコピーを乱発し、話題になるのなら何にでもしっぽをお振りになるという相も変わらぬ節操の無さで、我らのことなど歯牙にもかけぬ、東京の“と”の字さえテレビに出さぬ、はしゃぎ様であった。そのマスコミ様の過熱ぶりと平行して“そもそも、何故にレアル・マドリードとの対戦相手があのFC東京でなきゃいけないのか?”との議論が当然の様に湧き起こってきた。このことについては、事情通もそうでない人も喧喧顎顎、言いたいことを述べておった。しかし、よくお聞きよ皆の衆!日本のどこを捜しても、あの“世界最高・最強チーム”と戦ったのは我々以外にはないのだよ。言いたいやつには、言わせておけば良いのだ。レアルと試合ができるんならやってみろと言い返してやればよいのだよ。

“相手がレアルかなんか知らねぇけどよぉ、かんけぇねぇんだよ!”
土砂降りのクルヴァに響き渡る、この日をリードしたトラメガ越しのD君の声。
さすがはレアル・マドリードと言うべきか、普段はサッカーになど興味を示さない人までをも巻き込んだチケット争奪戦は、発売開始1分後には完売という惨憺たる有様で、SOCIO会員を除く大多数の東京支援者はこの騒動に乗り遅れた。ホームであるはずが、この日スタジアムに来ることの出来た東京支援者は、2000人強というところであった。D君が、いやゴル裏のTifosiが荒ぶるのも仕方がない。
 
前からどんどん仕掛ける。歓迎レセプションにて原博実が宣言したとおり、東京の選手は愚直ともいえるほど人数をかけてボールホルダーに向かって行く。しかし、流し気味の相手にさえ、東京がゲームを支配できた時間は前半の30分間のみであった。残念であるが、これが世界との歴然たる差なのである。

ベッカム様がお得意のフリーキックから得点をなさって、ロナウド様が遠目からはよくわからんフェイントからダメ押しのゴールをお決めになるという、まさにドリームチームに相応しい、マスコミ様が小躍りなさるような試合展開で祭りは終わる。試合を観た他チームのサポからは、お前らよくやったと褒められ、国内サッカーに縁遠い人々からは、ベッカム様に向かってあんなにブーイングをするなんて、FCほんとにウザイと嫌がられた。翌日の報道にFC東京が取り上げられることはほとんどなかったように思う。しかし、噛ませ犬といわれようが、相手がどこであろうが、大観衆の前で臆すること無く、あれほどに堂々と戦ったわがチームを筆者は誇りに思う。

楽し都。恋の都。夢のパラダイスよ 花の東京。
いかに画面からカットしようとも、満員のスタジアムに響き渡る我々の歌声は、さすがのマスコミ様であっても消し去ることはできなかったのである。

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