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2005/04/12

水曜日は名古屋戦ですね。

つーことで今回の、思い出のアウエイ戦記は2003年8月23日 対名古屋戦です。

 この日(2003年8月23日)の名古屋は暑かった。
名古屋駅に降り立った我らを出迎えたのは、35度を超す暑さと猛烈な湿気であった。
対戦成績が悪いうえに、この暑さでは、きっと勝つのは無理であると、先から弱気になってたBobとの2人連れではあったが、地下街の矢場豚でみそかつ丼を注文し、矢場豚オリジナルTシャツを買い込んだ頃にはすっかり元気を取り戻し、何事もなかったように地下鉄に乗り込むのであった。

 さて瑞穂陸上競技場である。
ご存じのように、ここにはメインスタンド側にしか屋根が無い。獰猛な日差しに晒される我らは、まったくの天日干し状態である。
嗚呼、どこかに逃げ場はないものか。口を半開きのまま虚ろな眼でそこらを見渡せば、あった!照明灯の柱の影が一筋スタンドに伸びているではないか。そこの影に座っていらっしゃった人の迷惑など顧みず、ズリズリとにじり寄るむさ苦しい3人連れ。

 日時計を思い浮かべていただきたい。
太陽の移動とともに時間を示す影は移動する。そうなのだ。瑞穂陸上競技場は巨大な日時計だったのだ。
我らが逃げ込んだ影は時間の経過とともに、いそいそとメインスタンド側に逃げていく。
我らは(この時点ですでに6人に膨れあがっていた)陽の落ちるまでビール片手にスタンド内をジリジリと照明灯の柱の影にsearch and moveを繰り返していたのであった。かなり馬鹿。

 “今日は太鼓が無いから手拍子!”試合開始直前、余っていたら向こうから太鼓を借りて来いと、若い衆に半ば本気で申しつけていたS君が、トラメガでこう宣言していた。前半はダルダルで終了。いつの間にか太鼓も到着。
 
 後半戦のことだった。起こり得ないことが起きると、起こり得ないことが起きるわけで、0-2から1-2になった時点では、ゲラゲラ笑っていたゴル裏の人たちも、1-2から2-2に追いつかれた時点では、顔は笑ってはいるが眼だけは笑ってなくて、3-2と逆転された時には、眼を三角にして暴れていた。
買い込んだ麦茶1リットル紙パックはその犠牲となり、いつの間にやら何者かに踏みつぶされ、哀れな格好で口からお茶を垂れ流していた。

 最終の東京行きのぞみ号に乗り込んだ我々は、ナビスコ杯の今度の相手は果たして、清水になるのか、ガンバ大阪になるのか、【註】それぞれが手前勝手に思いを馳せて、出来ることなら平日の大阪は勘弁してくれなどの妄想に耽りながら、誰もが無口に悲しい時間を噛みしめていたのであった。

戦え俺の東京。今日も勝利を信じて。弾けよう○○○でも、負けるわけはないさ!このときは、まさかあの浦和に負けることになるなどとは、各々の銀行預金残高ほどにも思っていなかったわけである。

【註】浦和には一度も負けていなかったので、すでにナビスコの浦和戦は勝った気でいた。

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