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2009/03/11

どうでもいいはなし の10

最近はどうでもいいはなしばっかじゃね?という声も一部にはあるが、
またもや、どうでもいいはなしなのであるぞよ。

江戸東京落語の人情噺の演目で思い浮かぶものをあげよという問には、『文七元結』が必ず上位に顔を出すだろう。いや一位二位を争うに決まっている大ネタ中の大ネタである。

上野鈴本演芸場 3月上席 柳家さん喬師の芝居に、あたくしは6日通った。
この日、楽日の客種はあたくしが通った6日間の中では最悪だった。

客席の後方には修学旅行と思しき学生たちがはしゃいでいた。
紙切りの正楽師は、滅多には表さない苛立ちを全身に滲ませ高座を降りていった。
仲入り前の雲助師の時には、ビニールの包装紙をパリパリと音を響かせても全く気にしていないご婦人がいた。
ヒザ前のはん治師の時には、噺に入ったのにも関わらず無神経に高座を横切り、前から2番目の真ン中に座ろうとしたジィさんバァさん連れがいた。しかもそのジィさんは噺の途中に大音量で鳴った携帯の止め方がわからずに、バァさんに止めて貰うまで延々と鳴らし続け、客席と噺家が培ってきたイメージを、ぶち壊しにした。
ヒザの太神楽では、お囃子にあわせて歌うボケじじぃがいた。
この雰囲気は最悪だ。
こんなんじゃ、さん喬師はやる気がしないだろう。あまり期待してはいけないな、なんて思っていた。

出囃子、鞍馬獅子が鳴って、いつも通りの時候のマクラから、御店奉公のはなしに移っていった。季節柄『百年目』かなぁなんて思っていたら、”本所達磨横町に左官職を営む長兵衛さん”ときたもんだ。『文七元結』だ。あたくしは座り直しましたですよ。

この噺は寄席で掛かることは滅多にない。何故なら端折ってら50分、じっくりやると60分は越える大ネタだからだ。あたくしも寄席では初めてだ。この客種に、敢えて文七をぶつけてきた。それまでジワついていた客席は、水を打ったみたく静まり返っていった。さん喬師の芸人としての矜持がそうさせた。

運が良かったな修学旅行生たちよ。
おじちゃんたちにだって、この噺は寄席で滅多に聴かれないンだぞ。

さん喬師を讃える。

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